| 寺松 |
古谷さんの活動をいろいろ拝見していますと、建築のソフトの部分をどう組み立てるか、ということも注目が非常に高いですけれども、一方でやっぱりそうはいっても今回の学会賞に選ばれた理由の中にあるような、デザインの優秀性というか、先見性というか、他にないものを提示したと、これまでにないものを提示した、そういう評価を今回されたと思います。そこで、あえてそのソフトの部分ではなくて、デザインというところに話を少し絞っていただいて、ご自身ではどういうデザイン展開などを留意されているでしょうか? |
| 古谷 |
今回のものは、立地も特殊だったし、それから複合文化施設であるということで機能も一色ではない多様なものが混在しているということで、ここではやっぱりさっきの日常・非日常、それからいろいろな分野のアート、それから日常の普通の生活と芸術鑑賞みたいな、いろいろ対極的にあるものがここに混ざるんで、そのいろんなものが混ざり合って、つまり一つのものを見方を変えるといろんな風に見えるということをデザインの一つのコンセプトにしたかったんです。それでですね、建築が出来上がったら、これはどっちが正面でどっちが顔だみたいな。よくいるんですけども、これは実は顔がいくつもあって、見る方角によって全然違うように見える、それは結構意識的に。ホームの方から見た時、それから駅降りてからアプローチしようとする時、それから車に乗ってきて駐車場に車を止めた時、それから舞台の後ろから搬入というか、自分が出演しようと思ってバックヤードから来る時、四者四用の四面がそれぞれの違う顔を持つということがまずやりたかった。そこにさっきの内容としてのハイブリッド性と、それから実際建築の表現としてのハイブリット性というか、そういうものがうまく連動するといいなという風に思っています。 |
| 寺松 |
今おっしゃった、表現としてのハイブリット性というのをもう少し・・。 |
| 古谷 |
例えばホームの側から見るとですね、そこにはランダムなスクリーンがありまして、ガラスも外側によってるのと内側によってるのと、デコボコデコボコしながら、しかもピッチも割合ランダムなピッチで出来上がってるんです。これは一つには、まずガラスであるということは、この前を走っていく特急あずさの乗客、それからプラットホームで乗り降りする日常的な中学・高校生とか通勤客、こういった人たちにとって、これが茅野の市民文化のショーケースになってもらいたいと、開放感があって。しかしその開放感も今のこのヒダヒダのガラスでですね、実はちょっと細かい話になりますけど、飛び出してる方を少し反射率を高くして、引っ込んでる方は、透過度が高くなってるんで、ホームから見るとちょっと一瞬錯覚するんですね。自分の後ろの山が映ってるのと同時に向こうの山が透けてるような状態、あるいは館内が、プラットホーム上にいる自分の姿が映ってるようにも見えるし、館内の人々が見えているようにも見えるという、まさに見てる側と見られてる側がこの一枚のスクリーンの中で混在するようなことをやりました。これはまず一つの混ぜ合わせなんですね。今度はそれをこちら側にランダムに、これは実は列車がだんだん速度を落としてきて到着して、そしてまたスピードを上げて出て行くから、それに走っていく動いていく視線から、音楽的なリズムを感じてもらえないかなぁと思って、ランダムにつくってあるんです。そうすると少し音楽が感じられる。で、今度はそういう面から周って反対側の東側の面になると、これは全く同じピースの細長いPCコンクリートがスリットをあけて、ずーっと同じ部材がウェーブしたり、屈曲しながら、ずっと東側から北側にかけて繋がっています。これは今度はこちら側のランダム性とか、透過と反射の織り交ざったのに比べると、はっきりした一つの面になって、これを同じ建物の向こう側とこっち側の立面図かって思うほど違うんですよ。で、違うこちら側に何か統一感のある表情でできてるんですが、それでもよく見ると、そこにスリットがあって、これは長さが30センチくらいで高さが13メートルという1枚ガラスが間にずっと差し込まれてるんですけど、ああいう風に閉鎖的に見えるあの壁ですら、夜になると光がもれてきますし、中に立つとその隙間から外の景色がずーっと見えてくる。今度はそっちのホワイエの方へ歩いていくと、その隙間から向こうの景色が逆についてくるような感じになっている。やっぱり少し動きのある、閉鎖してるかなぁと思うと完全に不透明に閉ざしてるわけではない。ここでもそういう混ぜ合わせ・・。 |
| 寺松 |
今の時代を反映したデザインをその中で表現されているということですか? |
| 古谷 |
そうですね。まさに何かある一つの秩序で全部ができてるわけではなくて、いろいろなものが混ざり合ってる感じが、それを現代というならば確かにそうだと思います。 |
| 寺松 |
最後になりますけど、今後のご自身の設計の課題といいますか、テーマというものはどんなところにおかれていますか? |
| 古谷 |
今まで、さっきも言いましたが、少しいろんなタイプの美術館をつくったり住宅つくったり、病院つくったり、役場つくったり、そして今回市民会館つくったり、また小学校を設計してますけど、いろんなビルディングタイプのものに挑戦する機会に恵まれてきまして、こういうタイプだから一つのものに対するノウハウをずっと蓄積していって、そういう種類の建築に対してエキスパートになるってことはちょっとのぞめないですね。毎回チャレンジみたいな感じになって。だから事務所のパートナーはいつも四苦八苦しておりますけど。つまり、ずっと自分のところで蓄積したものを放出するタイプの仕事じゃなくて、また一からそれにチャレンジして勉強してやっていきたいですね。多分でもそういうことっていうのは、そう誰もかれもができるものでもないと思うので、ここまでやってこれたっていうのは、自分に託された何か指名かなっていう風に思っていて、大学と両方やっているということも含めて、さっきのワークショップということも含めて、新しいものを提案する時、どうしてもそれを提案して納得していただくために、それの理解を生むプロセス、といったものも重要になってきますから、それも含めて今の自分の置かれている立場を生かそうとすると、やっぱり新しいものをつくることなんですね、僕がつくっていきたいのは。その新しさっていうのが、単にファッショナブルに新しいという意味で言ってるのではなくて、こういう建築がありうるのか、生まれうるのか、それが次の人たちにとって一石を投ずるような、そういうある種のインパクトを与えられるようなものをつくっていきたい。
本当はですね、僕はほっとくと結構デザインが好きで、形を綺麗にしていくことは割合自分では多分好きなんですけども、それだけでやっていくと気持ちよくていいんだけど、やっぱり自分にムチを打ってですね、なんかそのある種の新しいものに挑戦として、それがその建築の社会だけじゃなくて、我々の社会や都市に対して何か一石を投じて、それがまたヒントになって別の人がもっとそれをよくしていくことで、なんか変わっていくっていう、そういう石を投げる・・・。 |
| 寺松 |
あえて表現を先鋭化に走るところには自らブレーキをかけていらっしゃるって感じですか? |
| 古谷 |
まだしばらくはブレーキをかけといた方がいんじゃないかなと思ってるんですが。 |
| 寺松 |
どうもありがとうございました。 |
| 古谷 |
ありがとうございました。 |