| 寺松 |
例えば街づくりのソフトのような活動に対して賞を出すということですか? |
| 内藤 |
そうです。基本的にはもうそういうものも、デザインなのだ、と言い切ってしまえばいいと思うんです。基本的にはデザインの概念というのは、あるファンクションがあって、それを日常生活にどうやって翻訳できたかという話だと思うんです。極端なことを言えば、非常に鮮やかな政策手段をうった場合でも、それはデザインと言えなくはないと僕は思っているんです。それは制度を翻訳しているわけですから。ましてやNPOみたいなものっていうのは、NPOを社会のソフトウェアコンテンツと捉えることもできるわけだし。非常にうまくいった場合はそれをデザインと称して評価したっていいじゃないかっていう、踏み込んだ考え方もできると思っています。 |
| 寺松 |
審査委員長が変わると、グッドデザイン賞の印象も少し変わってくるように感じますが、今年のテーマというのは、審査委員長としてはどんなイメージを持っていらっしゃいますか? |
| 内藤 |
一応、宣言文みたいなものを書きましたが、そこで書いたのは、これからは四次産業のためのデザインが必要だということです。基本的には、一次、二次、三次産業っていうのがあるんだけど、農業も工業もサービス業もあるいはその中間もみんな大事だと言いたいんです。これからはそういう時代になっていくんではないかという気がします。例えば食糧の問題を考えても、一次産業が国の土台であるということは、みんなが認識していることだし、一次産業から二次産業に移ったというような話ではないと。そうすると何が起きてくるかっていうと、それぞれを繋ぎ合せるような、スーパーバイズするような形態が一つの産業になってくるのではないかというのが僕の考え方です。これを四次産業と名付けて、繋ぎ合せるということ、あるいはスーパーバイズするということが、大きい役割になるのではないかと考えたのです。だとすると、そのコアにはデザインという概念がすわるはずだという漠然とした直感があります。これは今日初めて言う話ですが、私は建築家でありながら社会基盤(土木)に所属して、いろんな委員会に出たり、いろんな役割を果たしているわけですが、その時に何をやっているかっていうと、基本的にはスーパーバイズなわけです。土木の人と建築の人の話が通じない時に、こちらとこちらを両方説明する、あるいは両方捉える、あるいは土木と建築と都市計画とを繋ぎ合わせる、飛び越える。そういうスーパーバイズしたり繋ぎ合わせたりというのが、私の身の回りに一手に来ているわけです。そうするとそれはそのまま世の中のことと同じで、いろんな産業間で起きていることとか、これから新しい産業が起きてくるにしても同じことじゃないかと。そこでやっている私の頭の中の仕組みは、アーキテクチャーっていう概念、それはデザインと置き換えてもいいわけです。つまり物事を意思を持って組み立てるアブストラクトな思考をアーキテクチャーと呼ぶとすると、その概念で都市計画を語り、土木の人たちとも接し、建築の人たちとも、デザインの人とも接する。そういう概念としてデザインを捉えれば、この産業と他の産業を結び合わせ、どう調整するか、これもデザインだと思うんです。その結果、物としてのデザインもあるけれど、もうちょっと違った概念のデザインというのもあるかもしれないと。そういうようなイメージで宣言文を書きました。 |
| 寺松 |
最後になりますが、応募者に対して一言何かいただけないでしょうか。 |
| 内藤 |
やっぱり応募は多い方がいいですよ。どんな賞であれ、賞っていうのは、みんなで育てるものだと思っているんです。つまり応募者側と審査する側とのインタラクティブなコミュニケーションの場だと思っていて、その意味では、応募する側が育てるようなつもりが半分くらいないと。半分はそのコンペクティブな場所なので挑戦してもらいたいんですけど、残り半分は「みんなで育てようよ」っていう気持ちになってくれると嬉しい。Gマークもこれまで事実そうやって育ってきたので、引き続きよろしくお願いしたい。できたらGマークという場所はプロダクトやIDやソフトウェア、建築とか都市などそういうとこのムーブメントやあるいはデザインという風にくくれるかわからない境界領域も含めて、最先端のものが集まる場所であるべきだと思うんです。その時代のデザインを見ようと思ったら、Gマークの応募作を見れば大体わかるというのが、基本だと思っていますので、ぜひとも沢山よせていただきたい。で、我こそはという方はぜひとも賞をとっていただきたい。それが僕の希望です。 |